人前で演奏することで学んだギターを弾くことの大義

こんにちは!Toshiです!

昨日、友人の結婚式があり余興としてMr.Childrenの『Simple』という曲を伴奏を演奏しました。

私がギターを弾いて、もう一人が歌を歌うというとてもシンプルな形での余興でした。

200人近くの披露宴でしたが、余興は練習どおりに披露することができ達成感と満足感を感じました。

余興を通して感じたことがあるので、今日はそのことをブログに書きたいと思います。

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気持ちを込めた演奏の重要性

新郎新婦はじめ、披露宴に参加した方から多くのお褒めの言葉を頂きました。

余興が成功してよかったと思うと同時に、私の拙いギターでも誰かの心を揺さぶることができ、ギターを弾いていてよかったと感じました。

私はプロギタリストではありません。ましてや私などよりも上手いギタリストは大勢いますし、このブログを読んでくださっている方の方が上手い方は多くいるでしょう。

それでも、誰かの心を揺さぶる演奏ができたのは何故なのか・・・。

もちろん、「条件」が整っていたことは確かです。披露宴という場でギターを弾くというのは、汚い自分の部屋で演奏を聴かせるのとはわけが違いますからね。

少し話は逸れますが・・・

今回、新郎に歌の一部を歌ってもらう演出を依頼しました。

新郎は歌が得意ではありません。何度か練習を付き合いましたが、声が裏返ったり、恥ずかしさが勝ってしまうような状況・・・。

しかし、本番の時は今までにないくらい大きな声で精一杯歌ってくれました。

決して上手くはないけれど、その姿に胸打たれるものがあり、ギターを弾きながら泣きそうになってしまいました笑

素直に感動しました。ギターも同じかもしれません。

特段上手くなくても、すごいテクニックがなくても、精一杯気持ちを込めて演奏することで心に響く演奏ができるのです。

「気持ち」をギターを通して表現できるある程度の腕があれば、それ以上の格別の腕前はなくても気持ちは伝わるのかもしれません。

もちろん、「表現する力」という意味ではテクニックを含めギターが格別に上手いに越したことはありません。

ただ、今回学んだことは例えギターが格別上手くなくても、何かしら感じ取ってくれる人はいるということです。

「自分は下手だから・・・」「まだ聴かせられるレベルにないから・・・」

と自らを卑下し続けるよりも、気持ちを込めて精一杯人前で弾くと見えてくる景色も変わりますよ。

ギターを練習することは幸せを生むこと

ギターを弾く目的は色々あります。

「ギターを通して自己実現を図る」「憧れのギタリストのように弾けるようになる」

様々な目標や目的があると思います。

私も時間がある時はギターを触っているような人間ですが、ふと考えることがあります。

「これからギターで飯を食べていくわけじゃないのに、こんなにギターを弾いていて意味があるのか」

このような問いが浮かぶ時点で未熟者ですし、ナンセンスな問いです。

そんな折、YouTubeのギター講師として有名な瀧澤克成さんは動画でギターを弾く意味についてご自身の考えを述べられていて、ハッとしました。

何時間でもギターを弾き続けられる理由は誰かの幸せに繋がっているから」と動画の中で仰っています。

この動画を見て、私はハッとしました。

部屋にこもって練習し続けることも、飲み会を断ってギターを弾くこともギターが上手くなることが将来的に誰かの喜び・幸せに繋がっているのかもしれない。

そう思うことで、ギターの練習が意味を持つものになります。

黙々と孤独にギターを練習する日々も自分や誰かの幸せを生むために必要な時間だとしたら、ギターを弾くことはかけがえのないことですよね。

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まとめ

余興明けでややテンションが高い状態でブログを更新しました笑

気持ちを込めた演奏の重要性とギターを練習することが幸せを生むことに繋がるということについて書きました。

明日からまた日常が始まりますが、次に向けて高い意識を持って生活したいものです。

いつもと違うブログ記事になりましたが、最後まで読んでくださり本当にありがとうございます。

後日、『Simple』(Mr.Children)の解説記事を書きたいと思います。

Toshi

 

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